温帯低気圧

キーワード 「温帯低気圧・高気圧、ストームトラック」

温帯低気圧・高気圧は、移動性擾乱とも呼ばれます。中緯度に住む我々が経験する日々の天気の移り変わりの多くは、これらの活動によってもたらされます。移動性擾乱は一般的に、中緯度の偏西風帯を西から東へと伝播し、低気圧が近づく地域では天気がぐずつき、高気圧が近づく地域では晴天となります。移動性擾乱に伴う風は、温帯低(高)気圧の中心を左(右)に見るように吹くため、擾乱の通過に伴って、風向きが変化します。多くの場合、低緯度方向から吹く風は温かい空気を運び(暖気移流)、高緯度方向から吹く風は冷たい空気を運びます(寒気移流)。従って、日本上空を移動性擾乱が頻繁に通過する春や秋には、日本付近の天気や気温は一週間程度の周期で変化することが多くなります。

移動性擾乱は、対流圏におけるグローバルな熱収支においても重要な役割を担っています。低緯度地域は一般に、高緯度地域に比べて多量の太陽放射を受けますが、これによって強められようとする熱の南北不均衡は、海流や大気波動に伴う極向きの熱輸送によってバランスされています。低緯度(赤道)域から中緯度域までの熱輸送は主に海流が担い、中高緯度では主に大気の移動性擾乱が担います。
海洋(細点線)、大気(細実線)による北向き熱輸送の南北分布、太実線は合計。
Hartmann (1994)から引用


移動性擾乱は、中緯度域における気温の南北勾配に伴って存在する位置エネルギーを、極向きの熱輸送を通じて部分的に解放し、運動エネルギーに変換することで発達します。従って移動性擾乱活動の活発域(ストームトラック)は、中緯度における南北気温勾配の分布に強く依存します。この南北気温勾配をもたらすものとして、海洋の暖流と寒流との合流域の強い海面水温勾配が、最近関心を集めています。そして実際に、ストームトラックと中緯度海面水温勾配極大領域(海洋前線帯、後述)が互いによく一致する傾向が、最近の中村・小坂研の研究によって明らかにされました。


北半球冬季における、温帯高気圧・低気圧の発達に伴う極向き熱輸送(実線)と、海面水温南北勾配(陰影)。
Nakamura et al. (2004) から引用

キーワード 「黒潮と親潮・海洋前線帯」

日本近海の太平洋には、黒潮(親潮)と呼ばれる明瞭な暖流(寒流)が流れています。これは、地球の回転の効果により、海流が海盆西岸(大陸東岸)で強められる性質をもつためで(西岸境界流)、それらの海流からの熱放出は日本付近の気象にも大きな影響を与えています。低緯度から北上してくる黒潮流軸の水温は周囲に比べて高いため、そこでは活発な蒸発に伴って大気に多様の熱が放出されます。それによって、黒潮上で降水帯が組織化されたり(上図)、気圧極小を生じたりする(下図)ことが最近分かってきました。さらに黒潮は、オホーツク海から流れてくる冷たい親潮と、関東地方沿岸〜三陸沖で合流し、引き続き東海上に伸びる「黒潮・親潮続流域」を形成します。そこは、一年を通じて海面水温南北勾配が強く、海洋前線帯と呼ばれます。

中緯度の海洋前線帯は、移動性擾乱の発達を起きやすくするだけでなく、偏西風等の大循環形成にも少なからず影響することが、最近の研究によって示されつつあります(小川の自己紹介ページ参照)。従来、中緯度の海洋は大気循環に対して受動的に応答するだけであると考えられていましたが、黒潮・親潮のような西岸境界流が流れる中緯度海盆西岸域では、日本付近に限らず、北アメリカ大陸の東岸、南半球中緯度のアフリカ大陸の東岸においても、海洋が大気に対して能動的に影響することが指摘されています。このような「中緯度大気海洋相互作用」は、当研究室で取り組まれている主要な研究テーマの一つとなっています。 (「気候系のHotspot」;http://www.atmos.rcast.u-tokyo.ac.jp/hotspot/)

日本時間2010年5月20日午前9時に観測された、(a)降水量[mm/h]、 (b)海面水温[°C]。
Miyama et al. (2012)より引用


黒潮,黒潮続流域における、海面更正気圧(線)、海洋から大気への上向き熱輸送[W/m2]の、冬季平均状態。
Tanimoto et al. (2011)より引用

キーワード 「春一番」

立春から春分までの期間で初めて吹く、(やや)強い南風のことを「春一番」と呼びます。 日本海で発達する低気圧に向かって吹き込むこの風は、急激な気温の上昇をもたらし、冬から春への季節変化を示す出来事としてとらえられています。 春一番が吹く時期は、年によって大きく変化し、春一番が記録されない年も存在します。

本研究室では、このような違いが見られる理由を、真冬から春にかけての日本付近で見られる温帯低気圧のふるまいに注目して調べました。 真冬の間は、停滞性のシベリア高気圧とアリューシャン低気圧が強くなる傾向にあります。 これらによって作られる「西高東低」の気圧配置に伴って吹く北西季節風が日本列島に寒気を強い寒気を南下させ、ジェット気流を海洋前線帯(前述)の南、北緯30度付近まで押し下げます。 この状態では移動性の温帯低気圧は発達しにくくなります(右図)。 春が近づいて西高東低の気圧配置が時折弱まると、ジェット気流が北上し、日本海の海洋前線帯(対馬暖流とリマン海流の境界)に伴って存在する、地表付近の南北温度差の大きい領域(地表傾圧帯)の上を吹くようになります。 そして、この地表傾圧帯に沿って低気圧が発達しやすくなります(左図)。春一番が早く吹くような年は、西高東低の気圧配置が平年に比べて弱く、低気圧が発達しやすい状況にあることが分かりました。 また、温暖化がさらに進むと考えられる21世紀末においては、真冬でも北西季節風が弱く低気圧が発達しやすい傾向にあることが、気候モデルの予測結果から示されました。 このことは、春一番の吹く時期が、温暖化の進んだ将来においては、平均的に現在よりも早まる可能性を示すものとなっています。


日本付近での温帯低気圧の発達と「春一番」の関係(模式図)。
パンフレット
『熱いだけじゃない地球温暖化』より引用

キーワード 「爆弾低気圧」

中心気圧が24時間である一定値(北緯35度で約16hPa)以上低下するような、急速な発達を示す温帯低気圧を「爆弾低気圧」と呼びます。 通常の温帯低気圧に比べて、広い範囲での強風や、前線上での強い降水を伴う場合が多くなります。実際、2012年4月3日に日本海上を通過・発達した事例では、日本各地で風速20m/秒を超えるような暴風が吹き荒れ、大きな被害をもたらしました。


2012年4月3日に日本海で急速に発達した爆弾低気圧の事例。(左)3日3時(右)3日21時の天気図。
気象庁HP より引用


このような爆弾低気圧の発達は、偏西風の蛇行に伴って作られる上空の気圧の谷が、地表付近の南北温度傾度の大きな領域に重なることで起きやすくなります。 これに加えて、暖流上では、莫大な熱と水蒸気が海洋から大気に受け渡されています。 このうち、水蒸気は低気圧の上昇気流によって上空に持ち上げられ、そこで凝結する際に、熱を放出することで低気圧に新たなエネルギーを与えます。 「黒潮・親潮続流域(前述)」に伴って海洋前線帯(前述)が存在する日本の東方海上は、このような急速な発達が起きるのに好都合な状況であるといえます。 実際に、爆弾低気圧の発達が多く起きていることが示されています。


爆弾低気圧の中心気圧が最も急速に下降した位置の頻度分布(1976-1982年の統計)。
Roebber(1984)を改変して引用

キーワード 「台風の温帯低気圧化」

熱帯の暖かい海の上で発生した熱帯低気圧(台風)が中緯度に達すると、多くが温帯低気圧の構造へと変化します。 このプロセスは台風の温帯低気圧化(温低化)とよばれています。気象庁は、衛星画像(下図)や観測データに基づいて、台風の「温低化完了」を発表しています。 ただし、この「温低化」は刻一刻と変化する過程であり、そこに明確な線引きをするのは難しいといえます。 台風が「温低化」すると、台風が「衰弱した」と見なされがちですが、実際は、強い風の吹く領域が広がったりする場合や、前線に沿って強い降水をもたらしたりする場合が多く存在し、引き続き警戒を続けなければならないといえます。 また、盛夏期を除くと、日本に台風が接近・上陸するときにはすでに温低化のプロセスが始まっている場合がほとんどである、ということが報告されています。 例えば、日本に大きな被害をもたらした2004年台風18号および23号は、上陸・接近時には温低化の過程にあり、被害をもたらすような強風や強雨が温低化過程と関連していたことが過去の調査からわかっています。

上述のように、温低化の過程で被害をもたらすだけでなく、温低化したあとに温帯低気圧として再び発達し、被害を与えうるような場合も存在します。 このような事情から、温低化のプロセスやメカニズムを理解することは防災上重要な課題とされています。 温低化のプロセスに関わるものとして、偏西風や上空の気圧の谷などがあげられていますが、プロセスの全体像は未だによくわかっていません。 本研究室では、初夏の東シナ海などに見られる海洋前線帯(前述)が台風の温帯低気圧化過程に与える影響を調査しています。


2011年台風2号の衛星赤外画像。(左)温低化開始前(中央)温低化進行中(右)「温低化完了」時。