夏の異常気象

キーワード 「ヤマセ」

北海道から関東地方にかけての太平洋側では、春から夏、特に梅雨(後述)明け後の夏に、東寄りの冷たく湿った風が海から吹き付ける事があります。この風は、冷涼で湿潤なオホーツク海高気圧(後述)から吹き出すもので、海上を進む間に雲や霧を発生させます。さらに陸に達すると、日照量の減少や気温の低下をもたらし、さらにこれが長く続くと米の収穫量が激減して農業に打撃を与え、いわゆる冷害を引き起こします。この冷害を引き起こす東よりの風をヤマセと呼びます。

例えば、1993年には深刻な米不足となりましたが、これはヤマセによる冷害によって太平洋側の米の収穫量が激減した事が原因だとされています。下の図は7月の地上での温度と風の平年からのずれを示していますが、関東以北の太平洋側では風が東寄りとなっていて、平年に比べて気温がかなり低い7月であった事が分かります。

1993年7月の地上の、平年に比べて暖かい所(暖色)と冷たい所(寒色)。矢印は、平年の7月と比べた時の地上風のずれを表します。

キーワード 「オホーツク海高気圧」

海は陸に比べて暖まりにくいため、春になるとオホーツク海はユーラシア大陸に比べて温度が低くなり、その上空に高気圧が形成されます。この高気圧は6月から7月にかけて停滞し、南の小笠原高気圧(後述)との間に梅雨前線が形成され、日本付近は梅雨(後述)になります。盛夏になり、ジェット気流が北上し小笠原高気圧がさらに発達すると、オホーツク海高気圧は消滅し、梅雨明けとなります。

オホーツク海高気圧は冷涼で湿潤な性質を持っているため、夏に発達すると、北海道~関東地方の太平洋側に冷害を引き起こします。この冷害をもたらす、オホーツク海高気圧から吹き出す東寄りの風をヤマセ(前述)と呼びます。
秋になり、再びジェット気流が南下し秋雨(後述)の時期になると、オホーツク海高気圧は再び形成されます。


2012年6月13日21時(日本時間)の海面気圧。日本の北東に青いHで示されたオホーツク海高気圧、南東に赤いHで示された小笠原高気圧がある。黒い点線は梅雨前線のおおよその位置を示しています。

キーワード 「小笠原高気圧」

北太平洋の中緯度には、温暖で湿潤な高気圧(北太平洋高気圧)が年中形成されています。この北太平洋高気圧の中心は北東太平洋上にありますが、東西に広く張り出しています。この広大な太平洋高気圧のうち、日本の南海上付近のものが特に小笠原高気圧と呼ばれます。小笠原高気圧は春から夏にかけて発達し、北のオホーツク海高気圧(前述)との間に梅雨前線が形成され、日本付近は梅雨(後述)になります。盛夏になり、ジェット気流が北上し小笠原高気圧がさらに発達すると、オホーツク海高気圧は消滅し、梅雨明けとなります。

小笠原高気圧の内部は晴天域が広がっていますが、その周辺部では海面から蒸発した水蒸気が風で運ばれるため高温多湿となります。日本付近が小笠原高気圧の辺縁部にあたるような状況では、特に暖かく湿った風が山岳部にぶつかる地域で激しい雷雨となり、災害が引き起こされる事があります。


2012年6月13日21時(日本時間)の海面気圧。日本の北東に青いHで示されたオホーツク海高気圧、南東に赤いHで示された小笠原高気圧がある。黒い点線は梅雨前線のおおよその位置を示しています。

キーワード 「PJパターン」

夏において、フィリピン近海の対流の強さと、日本周辺の気圧の平年からのずれが、強い相関関係を持って変化するという事が知られています。この変動のパターンはPJパターンと呼ばれ、テレコネクション(後述)のパターンの一つです。フィリピン近海の対流が強いと日本付近の気圧は正偏差となって小笠原高気圧(前述)は強くなり、逆にフィリピン近海の対流が弱いと日本付近の気圧は負偏差となって小笠原高気圧は弱くなります。夏に小笠原高気圧が強まると日本付近は猛暑になるため、PJパターンは日本の夏の天候に影響を与える原因の一つとなっています。

この現象は西側に温かい大陸、東側に冷たい海が存在する状況下で卓越することが力学的な考察より明らかになっており、さらに、エルニーニョ・南方振動(ENSO)に伴って生じるインドネシア近海の海面水温変化とも密接に関わっていると考えられています。


橙色の枠内の降水活動の変化に伴う7月の典型的な平年からのずれ。海面気圧(等値線; 2hPa毎)と降水(色; mm/日)。フィリピン付近の降水が強まると日本は高気圧に覆われる傾向にあります。

キーワード 「シルクロードパターン」

夏には、チベット高原に発達するチベット高気圧に伴って、北緯40度付近にアジアジェットと呼ばれる強いジェット気流が形成されます。ジェット気流はロスビー波(前述)の導波管(通り道)となり、ロスビー波によって大規模波動(高・低気圧偏差の連なり)のエネルギーが東向きに運ばれます。ユーラシア大陸上を西から運ばれてきたエネルギーによって、小笠原高気圧が発達して日本付近で盛夏となる事があります。これはテレコネクション(後述)のパターンの一つで、地中海からユーラシア大陸を越えて日本付近にまで達することから、地中海世界と東アジアの間の交易路であるシルクロードにちなんで、シルクロードパターンと呼ばれています。

日本では、2010年夏は記録的な猛暑となりましたが、これはシルクロードパターン、つまり、ロシア上空のブロッキング高気圧(後述)を経由して東向きに伝わるエネルギーが、日本付近まで到達して小笠原高気圧を強めた事で要因の一つであると考えられています。


橙色の枠内の降水活動の変化に伴う7月の典型的な平年からのずれ。海面気圧(等値線; 2hPa毎)と降水(色; mm/日)。フィリピン付近の降水が強まると日本は高気圧に覆われる傾向にあります。

キーワード 「夏のモンスーン」

季節ごとに、主に風の吹く方角が変化するものをモンスーンと呼びます。大陸は海に比べて熱せられやすいため、夏の大陸は海に比べて温度が高くなっています。大陸上では暖められた空気が上昇し、それを補うために海洋から風が吹き込みます。そのため、夏の日本付近では南東風が卓越します。下の図は、平年の8月における地上の風と海面気圧を示しています。日本の南東の小笠原高気圧(前述)の南側を回り込んできた風が、日本付近では南東風となって吹いていることが分かります。

インド洋沿岸諸国では、夏には南西からの暖かく湿った風が卓越し、これらの地域に顕著な雨季をもたらします。また中国南部でも5月頃に南西風が吹き始め、雨季が始まります。このモンスーンによって中国南部には前線が形成され、これが梅雨(後述)の始まりとなります。

平年の8月における、地上の風向きと海面気圧。高気圧が暖色系で示されています。

キーワード 「梅雨」

北海道と小笠原諸島を除く日本や朝鮮半島南部、中国南部、台湾などの東アジアの広範囲では、毎年5月から7月にかけて曇りや雨の多い期間が存在していて、この時期の事を梅雨と呼びます。初夏から梅雨への移り変わり、また梅雨から成夏への移り変わりには1週間程度の遷移期があるとされていますが、その中央の日をそれぞれ「梅雨入り」と「梅雨明け」、または「入梅」と「出梅」と呼びます。

中国南部では5月に、南の暖かく湿った空気と北の乾いた空気の間に前線が形成されます。これが梅雨の始まりです。この梅雨前線は、日本の東南海上の小笠原高気圧(前述)と北のオホーツク海高気圧(前述)が強まるにつれて東に伸びながら北上し、日本付近も梅雨の時期になります。盛夏になり、ジェット気流が北上し小笠原高気圧がさらに発達すると、オホーツク海高気圧は消滅し、梅雨明けとなります。

夏の終わりから秋にかけて小笠原高気圧が弱まり、再び日本付近には曇りや雨の多い期間が訪れる事がありますが、これは秋雨(後述)と呼ばれ、梅雨とは区別されています。
下の図は、平年の6月に降る雨の量を示したものです。中国南部から日本の南~東海上にかけて、雨の多く降る場所が帯状に存在していることが分かります。

6月の月降水量の平年値

キーワード 「秋雨」

夏の終わりから秋にかけて小笠原高気圧が弱まり、再び日本付近には曇りや雨の多い期間が訪れる事があります。これは秋雨と呼ばれ、梅雨(前述)とは区別されています。
秋雨は梅雨と同じく、日本の東南海上の小笠原高気圧(前述)と北のオホーツク海高気圧(前述)との間に前線が形成されて停滞する事で起こります。

下の図は、平年の9月に降る雨の量を示したものです。梅雨は東アジアの広い範囲で見られるのに対し、秋雨が顕著なのは東日本のみで、中国大陸ではほとんど見られず、西日本でもあまり明瞭ではないという特徴があります。また、秋雨の時期は梅雨の時期よりも台風の接近する数が多いため、降水量は台風の影響をより強く受けていると考えられます。

9月の月降水量の平年値

キーワード 「テレコネクション」

何千キロ、何万キロも離れた別々の場所で観測された気圧などの気象データが、互いに相関をもって変動する現象の事をテレコネクション(teleconnection、“tele-”は離れて、“connection”は結合)と呼びます。テレコネクションとして知られているパターンはいくつも存在しますが、最も有名なのは「エルニーニョ・南方振動」パターンです。このパターンでは、インドネシア近海とペルー沖の太平洋におけるそれぞれの海面水温や海面気圧が、お互いに相関をもってシーソーのように変動します。前述のPJパターンシルクロードパターンもテレコネクションとして知られているパターンのうちの一つです。

テレコネクションによる変動は世界各地に様々な異常気象をもたらすため、そのメカニズムを解明し、さらにテレコネクションの変動を予測する事は社会的な観点からも非常に重要です。しかし、それぞれのテレコネクションパターンは周期が異なっており、相互に影響し合っているため、その変動を予測する事は現時点では困難です。


テレコネクションのパターンの一つである、年々変動として見られる7月のシルクロードパターンに伴う、上空およそ12kmの典型的な高低気圧の変動パターン。図に示しているのは日本が高気圧に覆われる場合ですが、図の高気圧と低気圧が入れ替わって日本付近が低気圧に覆われる場合もあります。