気候系のhot spot:熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動 - 文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究 平成22年度~26年度

気象・海洋・気候に興味を持つ方へ

「この冬はエルニーニョだったから暖冬だった」、「ラニーニャだったから寒冬だった」というニュースを聞いたことはないでしょうか?「エルニーニョ」とは太平洋東の赤道付近の海の温度が上がり、「ラニーニャ」は逆に下がる現象です。赤道で海の温度が上がると、その上にある空気が暖められ軽くなり、上昇するため、巨大な積乱雲が生じやすくなります。この影響が世界中へ伝わる大気中の大きな波を引き起こし、日本のみならず世界各地の異常気象の原因となります。

エルニーニョとラニーニャの冬の差

図1. エルニーニョとラニーニャが発生した冬の差の図。赤い領域ほどエルニーニョの冬がラニーニャの冬より水温、気温が高く、雨が多いことを示す。

エルニーニョの発生する赤道域と日本とは遠く離れているのに、エルニーニョは日本の気候にも影響します。でも日本のすぐ近くの海の変動が日本の気候に影響する、と聞いたことのある人はいるでしょうか?

2011年1月1日の海面水温

図2. 2011年1月1日の世界の海の表面水温(℃)。赤道付近の低緯度で水温が高く、高緯度側で水温が低くなる。

日本を含む中緯度では低緯度に比べて海の温度が低いため、海の温度が少々上がったとしても、大規模な上昇気流を発生させるほどの効果はないと考えられていました。そのため、中緯度の海の変動が気候変動に影響を与えることは無いだろう、というのが長く気候学者の一般常識でした。 そして中緯度の海洋の変動は大気の「奴隷」、つまり大気から一方的に影響を受けるのみ、と考えられてきました。 例えば、風が通常より強く吹くと海が冷やされ、反対に弱くなると海が暖められます。しかし、こうして出来た海の水温変化が逆に大気に与える影響は、中緯度の海洋上ではほとんどないと思われてきました。

海面水温と大気

図3. 海面水温と大気。左側が暖かい海が大気の対流を引き起こすメカニズム。右は強い風が海水温を下げるメカニズム。

例えば下の図4は、エルニーニョの年とラニーニャの冬の海上風速と海面水温の差をそれぞれ描いたものです。北太平洋の真ん中はエルニーニョの影響で風が強くなっています。この強くなった風が海を冷やすため、海面水温が下がっています。
海面水温と海上風速

図4.エルニーニョとラニーニャが発生した冬の差の図。左図で赤い色ほどエルニーニョの冬に海上風速が強く、右図で青い色ほど海面水温が低い、

しかし、日本付近では黒潮と呼ばれる暖かい海流が南から流れ込んでいます。このため、他の同じ緯度に比べて日本付近の海の温度が高いため、大気の上昇流を発生させる効果が大きいです。 また、雨を降らせる元となる水蒸気が、海から大気へと大量に渡されます。

日本付近の海面水温

図5. 日本付近の2011年1月1日の海面水温(℃)。日本のすぐ南の細いオレンジ色の領域は暖かい黒潮によるもの.

また、冬になると冷たい北西風がシベリア大陸から吹いてきます。これは冬の季節風ですが、モンスーンとも呼ばれます。日本海上の筋雲は気象衛星の画像で見たことがあると思います。筋雲を作っている上昇気流はあまり高い所まで及びません。しかし冷たい北風が暖かい海の上を吹くため、海が大気を暖める効果が非常に大きく、海から大気へ渡される熱エネルギーは膨大です。その値は暖かい熱帯や亜熱帯よりもずっと大きいです。このため、日本付近は海から大気への影響が存在する可能性の高い領域です。

海から大気への熱放出量

図6. 2011年1月1日の海から大気へ渡される熱エネルギー。赤い色ほど海から大気へ渡される熱エネルギーが大きい(顕熱と潜熱の和:W/m2)。

実際、温帯低気圧が日本付近を良く発達しながら通過する一つの理由は、黒潮があるためです。温帯低気圧は南の高い熱エネルギーを北へ運ぶことによって発達しますが、日本付近では大量の熱エネルギーを黒潮から貰うことができます。

10年ほど前、私たちの仲間が、中高緯度に吹く風が、その下の海の温度の変動に影響されることを観測で初めて確認しました。黒潮の流れが蛇行している年と、蛇行していない年で海面水温の分布は大きく変わりますが、両方の年で、暖かいところで海上の風が強く、冷たいところで風が弱くなっています。

TRMM衛星観測による1997年と2001年の海面水温と風速

図7. 黒潮が蛇行していない1997年と蛇行している2001年の海面水温と海上風速。TRMM/TMI衛星観測に基づく(Nonaka and Xie (2003)を基に作図)

海洋の水温の違いが風の違いをもたらす仕組み

図8. 海洋の水温の違いが風の違いをもたらす仕組み。

(話は脱線しますが、晴れた日には午前より午後の方が風が強くなるのも同じ理由です。地面が日射によって暖められると、大気が下から暖められます。そうすると対流が盛んになって、上と下の空気がかき混ぜられます。そうすることによって上空の強い風がおりてきます)

中高緯度の海洋が大気に影響する仕組み2

図9. 中高緯度の海洋が大気に影響する、図7とは別の仕組み

それ以来、世界中の研究者が、中緯度の海洋が気候へ及ぼす影響について研究してきました。そして、この研究分野は以下に挙げる様に、日本の研究チームが常に世界をリードしてきました。

  • 暖かいメキシコ湾流上での活発な対流活動と海から大気への大量の熱放出
  • 対馬暖流の流量と日本海側の降雪量の年々変動・日本海の数十kmの海洋渦の降雪分布への影響
  • 暖かい黒潮上で活発化する降水帯とその沖縄への影響
  • 南北に急激に変化する海面水温の、低気圧活動と「北極振動」への影響
  • 黒潮上での爆弾低気圧の発達と、その北アメリカの気象への影響
  • 黒潮・親潮の南北移動と海面水温の変動と、海から大気への熱放出の長期変動
  • 地球シミュレータによる黒潮・親潮の現実的な振る舞いの再現

しかしながら、中緯度海洋の気候への影響に関する歴史は浅く、未だにその影響の仕組みの解明や、大きさの評価はできていません。この研究プロジェクトは、国内の気象学と海洋学の専門家が共同し、船舶観測や人工衛星観測、そして地球シミュレータなどを用いたコンピュータシミュレーションを駆使することにより、中緯度海洋の気候形成とその変動への役割を明らかにすることを目的としています。

日本近くのアジア域の海では、暖かい黒潮が運ぶ「熱帯」と冷たい親潮の運ぶ「寒帯」がぶつかり合い、また大気では、夏は暖かく冬は冷たい季節風(モンスーン)が吹きます。このため、ここは海洋から大気へ莫大な量の熱が放出される「hot spot」であり、その影響はアジア域だけでなく、遠い北半球各地に及んでいると考えられています。 私たちの研究プロジェクトの名称「気候系のhot spot: 熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動」は、以上の特徴を鑑みて名付けられました。また、「気候系のhot spot」は、私たちの研究が日本のみならず世界の気候研究にとっての「hot spot」になることを目指す、という意味も込められています。

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