気候系のhot spot:熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動 - 文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究 平成22年度~26年度

用語集

海と大気の熱のやり取り

海と大気の間では非常に活発な熱のやり取りが行われており、その中には顕熱や潜熱と呼ばれる熱があります。顕熱は海と大気に温度差があることによって生じる熱で、潜熱は蒸発に伴って生じる熱を意味します。また、顕熱や潜熱は風が強くてもたくさん出ます。地球上の熱エネルギーは太陽から来て、その約半分が海に吸収されます。海に吸収された熱は顕熱や潜熱というかたちで大気に出て行く事で、海の温度が保たれています。つまりこれら2つの熱は地球上の熱バランスを保つうえで非常に重要な熱といえます。

これらの熱は海と大気の間だけではなく、我々の生活にも身近に存在しています。例えば、コップに熱いコーヒーが入っているとします。熱いものを冷ます時に息を吹きかけるといった行為は、まさに顕熱、潜熱をコーヒーから外に出して冷める速度を高くしているわけです。これらの熱がなかったらコーヒーはなかなか冷めないでしょう。猫舌の人間にとっては恐ろしい事です。これらの事から顕熱や潜熱は気候変動だけでなく我々の私生活とも直接関わっている熱である事が分かります。

(愛媛大学 岩﨑慎介)

用語集目次へ

親潮・黒潮・海洋前線帯

黒潮は、東シナ海を北上し、日本南岸に沿って流れ、千葉県房総沖で離岸し東に流れます。黒潮の幅は約100キロメートルで、その流速は最大で秒速250センチメートル、そして、その流量は毎秒5000万立方メートル(東京ドーム約40個分)にまで達します。暖流である黒潮は、海面水温分布から観察することができます(左図a参照)。また、日本近海の寒流として親潮があります。親潮は、千島列島沿いに南下し、東北三陸沖にまで達する流れです。親潮の流れは弱く、速いときでも秒速50センチメートル程度です。しかしながら、その流れは深いため、流量は大きく、黒潮と同程度です。この2大海流により、日本東岸沖に海面水温前線(海面水温の水平勾配が急な場所)が作られます:黒潮前線と親潮前線です(右図b参照)。この2本の前線に伴う海面水温勾配は非常に大きく、世界トップレベルです。それゆえに、この海洋前線は、大気場(海表面気温分布等)にも影響を及ぼすと期待されており、多くの可能性をもつ海洋現象として注目を集めています。

海面水温分布とその南北勾配

左図(a). 人工衛星で観察された2003年1月中旬の海面水温分布図。米国海洋大気庁(NOAA)より提供されたデータをもとに描図。

右図(b). 左図(a)と同じく、2003年1月中旬に観察された海面水温の南北100キロメートルあたりの変化量図。北方に比べ南方の海面水温が高い状態を正(暖色系)、低い状態を負(寒色系)で表している。

(東北大学 杉本周作)

用語集目次へ

温帯低気圧

温帯低気圧とは、熱帯低気圧(台風、サイクロン、ハリケーン)を除く,数千キロメートルスケールの移動性の低気圧の総称です。熱帯低気圧は水蒸気の凝結に伴う熱(潜熱)を主なエネルギー源として発達するのに対して、温帯低気圧は水平方向(主に南北方向)の温度差を主なエネルギー源として発達します。このため、南北の気温差が大きな海洋前線帯では低気圧が発達しやすくなります。

北半球では、日本付近から西部北太平洋、北米東岸から北大西洋、という2つの地域で低気圧活動が最も活発です(図参照)。これら2地域で低気圧活動が活発になる理由は、(1) 大気大循環場の気圧の谷に位置する、(2) 水平方向の温度差(傾圧性)が大きい、など低気圧発達に適した気象条件があるためです。特に、冬季では海洋・大陸間や海洋の前線帯近傍で傾圧性が大きくなり、さらに対流圏上層の渦との相互作用や潜熱の効果なども加わることで、急速に発達する低気圧も多数発生します。

また、低気圧活動は海洋から影響を受けるだけでなく、海洋表層循環の形成・維持と密接に関わっています。海洋の前線帯に沿うように位置する低気圧活動活発域(ストームトラック)は、海洋表層付近には平均的な西風域を形成し、その風が海面に及ぼす力(風応力)は、海洋表層循環の駆動源となっています。また、大気大循環場の変化は低気圧活動の変化を伴います。大気側の変化は風応力の場の変化を通じて海洋循環の変調をもたらし、海洋循環の十年規模変動を引き起こす可能性も指摘されています。

温帯低気圧の通る頻度(1月)

色は温帯低気圧の通る頻度 (1月平均)。赤色ほど低気圧が多く通過することを示します。線は海洋表面水温です。北半球を北極から見下ろした図で,手前側が太平洋です。

(九州大学 早崎将光)

用語集目次へ

梅雨前線

梅雨前線。
それは、東アジアの五月から七月に類稀な雨季をもたらす、地球上最長の前線です。

西は、中国の内陸部、東経100度から、
東は、日本の遥か東の東経150度まで、
東西約5000kmにも及ぶ長さ。

勿論、停滞前線の一つなので、同じ緯度帯に定在する期間も、非常に長くなります。 そんな性質のため、何日も降り続く雨によって洪水などの災害の原因になる事もしばしばです。 平成24年7月11~14日に起こった"九州北部豪雨" では、長崎県、佐賀県、熊本県、福岡県、大分県の広範囲で例年の7月の月降水量に相当する300㎜以上の雨が僅か四日間で降り、大きな被害をもたらしました。 こうした水害を引き起こす原因である一方で、災害のない平時においては、動植物の豊かな生態系を維持する恵みの雨をもたらしているという側面もあります。 良い状況、悪い状況、いずれもその挙動とメカニズムは、強い社会的要請もあって、古くから多くの研究がなされてきました。 そうした努力による研究の進展は大きい一方で、梅雨前線の予報は他の対象よりも難しいのが現状です。 これだけ身近で毎年必ずあるものでありながら、専門の研究者にとっても非常にミステリアスな対象であり続けているのです。

近年、特に大きな研究的注目をあつめているのは、海洋の変動、特に黒潮の変動と梅雨前線の活動の関係です。 水温が他の海域に比べて非常に高い黒潮は、梅雨前線の雨の源となる水蒸気をより多く大気にわたしているので、両者の変動の関係をきちんと理解する事は非常に重要です。 しかし、大気に比べてゆっくりと変動する海洋が、大気の変動にどの様な影響を与えているかのはっきりとした証拠を掴むことは、意外と難しく、様々な仮説を検証できるような詳細な観測データも海洋上では不足しがちです。 私たちは、古くて新しい梅雨前線についてのたくさんの課題を解き明かす"新学術領域研究"を切り拓くため、海洋と大気の超高頻度観測を実施したり、それらのデータと最先端の数値モデルを組み合わせた解析を実施したりして、これまで誰も気が付かなかったような本質を探る事に挑戦しています。

(海洋研究開発機構 茂木耕作)

用語集目次へ

海洋現場観測

海洋現場観測とは、目的地点における海洋中の水温・塩分・流速・溶存酸素等、あるいは、海上の大気の気温・湿度・風速等を、船舶等をプラットフォームとして行う観測をいいます。海洋現場観測の目的には、海洋の性質についての基本情報の取得、仮説 検証のための利用、数値予報モデルの予測精度の向上が挙げられます。海洋現場観測における海洋内部調査では、観測船上からワイヤーで水温計等のセンサーを垂下して行う観測の他に、観測塔や係留系あるいは係留ブイのように洋上にセンサーを固定する方法や、センサーを搭載したブイを漂流(漂流ブイ)させる方法があります。特に2000年から開始された、世界の海洋の広範囲に漂流ブイを投下するというArgo計画により、2000mより上層の海洋の三次元構造を高い時空間解像度で得ることが可能になりました。これらの他、近年では遠隔計測も行われるようになり、たとえば、地上から電磁波を送受信して海面付近の流れ場や波の測定を行うHFレーダー観測や、海洋中で音波を送受信して海洋の水温・塩分・流速の面的な測定を行う音響トモグラフィー観測等があります。

(北海道大学 青木邦弘)
CTD

CTDと呼ばれる海中の水温や塩分などを測る観測装置です。船のクレーンからつり下げて海中に投入します.

こちらの観測に関するページもご覧下さい

用語集目次へ

人工衛星観測

静止気象衛星「ひまわり」の雲画像は天気予報でなじみがあると思います。「ひまわり」は赤道上の高度約 36,000 km に位置し、地球の自転と同期しながら(地球から見ていつも同じ位置にあり)、日本付近の雲や水蒸気を観測しています。ひまわり以外の人工衛星によっても地球環境の観測が行われています。ここでは、地球上の大気、海洋、地表面 (植生含む) を、 電磁波を利用したリモートセンシング (遠隔探査) によって観測する地球観測衛星について概説します。

地球観測衛星のほとんどは、高度数 100 km から 千数 100 km に位置し、極軌道衛星とも呼ばれ、地球を約 90 分で一周 (速度は秒速約 8 km) する間に、地表面の状態 (地面、海面、氷床) や気温、風、雲、微量気体成分 (水蒸気、オゾン、二酸化炭素等) 等を観測します。観測する電磁波 (可視域、赤外域、マイクロ波等) の種類によって、観測対象の物質や高度が異なり、様々な波長の電磁波を組み合わせることで、複数の物理量を同時に観測できます。また同一測器のため同質のデータが取れ、短期間 (数日~) で全球を観測できるので、観測空白域と呼ばれている現場観測がしにくい領域 (特に海洋上) のデータが取得可能です。大気海洋相互作用の研究では、海洋表層から成層圏 (高度約 30 km) の高度範囲、かつ数1000 kmスケールの広域のデータが必要のため、衛星観測データが活用されています。

(九州大学 江口菜穂)

用語集目次へ

数値モデリング・数値シミュレーション

自然界では、たとえば「(海や風の)流れ」「渦」「雲」「雨が降る(降水)」 などの現象が観測されます。このような現象は、空気の「流れのはやさ」「密度」「温度」や「(水蒸気)水の量」などの 要素(物理量)で構成されています。現象を構成するこれらの要素ひとつひとつがお互いどのように関係し、影響しあって、釣り合ったり変化するかは、要素同士の関係を表す式、すなわち物理の法則を表す式を用いて示されます。複数の要素が関係しあっている現象の状態や変化を表現するためには、物理の法則を表す式はいくつも必要です。ある要素の状態や変化だけを求めたり、ひとつの式を解くだけではうまくいきません。

数値モデリングとは、現象を構成する要素(=変数)の関係を表す式を変形して、ある状態や変化の量を計算機(コンピュータ)を用いて計算しやすい形に直して表現することです。現象を引き起こす過程ひとつひとつについて、数値モデリングによって表現された式を用いて要素の状態や変化の量を計算し、複数の過程を組み合わせ、現象全体の要素の状態や変化の様子を数値としてとらえる技法は数値シミュレーションと呼ばれています。現象を構成する要素の状態や変化量を物理の法則に基づき数値的に求めていく数値シミュレーションでは、実際に目の前で起こっている現象について、直接とらえられる要素の量だけでなく、目に見えない量についても知ることができます。また、計算で得られた量からその現象の成り立ち、しくみなど、どうしてその現象が起こっているかを考えることができます。

空と海が接する海洋上では、雨が降ったり風が吹いたりして大気は海洋に影響を与えるとともに、波しぶきや海面から水が蒸発したり暖かい海面上で温められたりして影響を受けます。このような大気と海洋がお互いに影響し合う相互作用の過程が表す現象を考える上では、数値モデリングを用いた手法は、構成する要素の状態や変化量をとらえ、しくみを考えるのにとても役に立ちます。

(東北大学 吉岡真由美)

用語集目次へ

アイスバンド

図1は冬季グリーンランド海沖(a)と南大洋ロス海沖(b)のMODISの衛星画像であり, 白く縞状の海氷構造が分布しているのが分かる. この海氷が作る組織構造はアイスバンドと呼ばれ, その微細構造のために海氷融解を促進し氷縁の消長をコントロールするプロセスであることが示唆されている.

アイスバンド衛星画像

図1 両極におけるアイスバンドの衛星画像

これらの衛星画像で確認できるアイスバンド間の幅の典型的なものは10km程度であり, その一定間隔のスケールを伴って100km以上連なることもある. そのときバンドの長軸は風向に対していくらか傾く特徴を持っている.

なぜ, このような特徴を持ち得るのかについてアイスバンド形成時その直下で励起される内部波との共鳴相互作用に関係があると考えられている.

具体的には, 自由漂流を許容する海氷域の上をある方向から一定方向に風が吹き続けることで, 海氷域の疎密と海氷と海水のエクマン輸送の差によって内部波が励起され, 海氷密接度の時間発展に伴って強化される不安定モードであることが分かってきている.

このとき, アイスバンド間の幅は海氷の漂流速度と内部波の位相速度が一致する共鳴条件によって決まる. また, アイスバンドが発達するときその成長率は風向きが北半(南半球)ではバンドの長軸に対していくらか左(右)に傾いているとき最大になる.

このように, アイスバンドは大気(風)と海氷と海洋の相互作用の結果として形成されるパターンであり(図2), その直下に存在する鉛直流が強化され続けることで海洋内部へ影響を及ぼす可能性も示唆されている.

アイスバンド模式図

図2  大気―海氷―海洋共鳴相互作用によるアイスバンドの形成

(北海道大学 佐伯立)

用語集目次へ

北太平洋亜熱帯循環・北太平洋亜寒帯循環

北太平洋亜熱帯循環とは,亜熱帯域に存在する高気圧性(北半球で時計回り,南半球で反時計回り)の還流です(図黒矢印).これは,循環の南縁に位置する貿易風(東風)と北縁の偏西風(西風)からなる高気圧性風系により作られ,高い海面水位で特徴付けられます.そして,北太平洋亜熱帯循環の西端の流れが黒潮です.

北太平洋亜寒帯循環とは,亜寒帯域の低気圧性(北半球で反時計回り,南半球で時計回り)の還流です(図青矢印).これは,循環の南縁に位置する偏西風(西風)と北縁の極東風(東風)による低気圧性風系により作ら,低い海面水位で特徴づけられます.また,北太平洋亜寒帯循環の西端の流れが親潮です.

海面高度場

海面高度平均場.単位はcm.人工衛星観測値をもとに作図.黒矢印,白矢印は,それぞれ亜熱帯循環,亜寒帯循環の概念的形状を表す.

(東北大学 杉本周作)

用語集目次へ

下層雲

雲は様々な形態をとります。日本の夏にも見られる雄大積雲のように大気下層から高度1万メートル付近まで及ぶ背の高い雲、秋空に高く浮かぶ薄い雲、陸からの冷たく乾いた季節風が海上に作り出す筋状の雲、冷たい海洋上で発達する下層雲など、場所や季節に応じて様々な雲が見られます。こうした雲の多様性は水蒸気量、大気の安定性、環境場の風の構造などの要因によってもたらされます。

雲は地球の気温を考える上で重要な役割を果たしており、下層雲は背の高い雲に比べて冷やすように働くことが知られています。これは雲の温度が高いほど強い赤外線を放射して冷やそうとする働きが強いためで、対流圏では上空より下層の方が温度が高いことが関連します。下層雲の振る舞いは地球温暖化を予測する上でも注目されています。

下層雲の形成・変動に関する研究は、カリフォルニア沖などの亜熱帯高気圧東側部分において盛んに行われてきました。亜熱帯高気圧に伴う下降流がもたらす断熱昇温とその下の冷たい海面が大気を安定化させるため、雄大積雲のような背の高い雲はできにくくなっています。その一方で、下層の大気は海面から供給される水蒸気を多分に含んでおり、背の低い対流混合と赤外放射冷却を通じて水蒸気が凝結し、下層雲が発達すると考えられます。

日本の北東沖、海洋前線の北側領域も下層雲が多い領域で、この領域の下層雲についての研究も行われています。カリフォルニア沖とは違うメカニズムで下層雲が形成されていると考えられ、海洋前線や温帯低気圧が果たす役割にも関心が集まっています。海洋現場観測・人工衛星観測・数値モデリングを有機的に連携させることが下層雲研究の前進に有効だと考えられます。

下層雲

人工衛星で観測された7月の下層雲量の平年値(%)に黒線で平年の海面水温(℃)を重ねた。日本の東の海面水温前線の北側に下層雲が多い領域が存在している様子と、カリフォルニア沖の雲量が多い領域で海面水温が比較的低い様子が見られる。

(東京大学 宮坂貴文)

環状モード変動

環状モード変動とは,中高緯度において比較的東西一様な東西風偏差によって特徴づけられる変動で,北半球と南半球のどちらでも観測されます.この変動に伴い,亜寒帯域と中緯度域との間の地表気圧偏差のシーソー,気温偏差,降水偏差が中高緯度の広範囲に表れることが知られており,その影響は日本にも及びます(図).環状モード変動に伴う循環偏差を維持する本質的なメカニズムは, 中緯度における偏西風(亜寒帯ジェット気流)と温帯低気圧•高気圧との相互作用であると理解されています.

環状モードに伴う変動は,季節内変動だけでなく経年変動の時間スケールにも見られます.例えば,20世紀終盤に南半球地表で観測された,中緯度偏西風が高緯度側にシフトする長期変化傾向は,南極上空の成層圏(高度10km以上)で起きたオゾン破壊に伴う循環変化の影響が,環状モード変動を通じて対流圏にまで及ぶことで現れた可能性が指摘されています.

このように,環状モード変動について理解を深めることは,様々な時間スケールにおける中高緯度の循環変動を考える上で欠かせません.近年,中緯度海面水温が環状モード変動に与える影響も注目され始めており,大気大循環モデルを用いた数値シミュレーションを活用した研究などが活発に行われるようになっています.環状モード変動に伴う大規模な東西風偏差は海面における摩擦応力の偏差を通じて海洋循環に影響を与える可能性があり,大気海洋相互作用を理解する上でも環状モード変動は重要であると考えられます.

環状モード変動

北半球冬季(12~2月)の環状モード変動に伴う典型的な循環偏差.色が海面更正気圧偏差(単位はhPa)を示し,矢印が西風偏差を模式的に示します.

(東京大学 小川史明)

急潮

急潮とは、黒潮といった外洋域の暖かい海水が、急に沿岸域に侵入してくる現象の事を言います。急潮が発生する海域は、三陸沿岸、相模湾、駿河湾、四国西岸など様々です。急潮が発生すると、激しい流れによる漁業網の破壊や温度上昇による養殖魚の斃死などの被害が生じる事が報告されています。このことから、急潮の発生プロセスや予報は、重要な研究テーマの一つであると言えます。特に急潮予報に関しては、大きな被害の防止対策が出来るという点から、社会的貢献が非常に大きいと期待されます。事実、これまでにも多くの研究者によって急潮に関する研究が行われてきました。ただ、急潮は、沿岸域の現象であり、外洋域の現象と比べて時空間スケールが小さいことから、予報精度が十分でないのが現状です。今後は、沿岸域の海洋測網の充実や数値モデリングの精度向上に伴い、急潮などの沿岸域に関する研究発展が期待されます。

急潮

(a)通常時と(b)急潮時の海面水温(℃)。宇宙航空研究開発機構(JAXA)より提供されたデータをもとに作成。

(九州大学 岩崎慎介)

海洋中規模渦

海洋では、100キロメートル規模の水平スケール、100日規模の時間スケールを持つ中規模渦が広く存在します。これらの中規模渦は、日々の天気図に見られる大気における移動性高・低気圧に相当します。中規模渦の発生域は特に、黒潮続流や湾流などの西岸境界流の続流域に集中しており、その発生要因は主に、当該海域における急峻な南北温度勾配の解消機構である傾圧不安定と考えられています。中規模渦の活動度は非常に大きく、その内部の流速は、黒潮続流の平均的な流速の半分ほどにもなります。そのため、これらの中規模渦が運動量、熱、塩分、あるいは、栄養塩等の輸送にどの程度寄与するかが古くから注目されてきました。中規模渦の解析には高い時空間解像度が要求されますが、最近では、人工衛星データの蓄積や数値シミュレーションの高解像度化によって、これら中規模渦の特性およびその輸送への寄与が徐々に明らかになりつつあります。

(北海道大学 青木邦弘)

オホーツク海中層水(OSIW or OSMW)

オホーツク海南部の300-700m(1026.8から1027.2kg/m3)に存在し、層厚の極大を伴う水塊(図1)。そのため、この水塊はオホーツク海モード水(OSMW)とも呼ばれている。

OSIWは、主にオホーツク海の北西陸棚域における海氷生産によって形成される高密度陸棚水 (DSW) と東カムチャッカ海流 (EKC) 起源の北太平洋流入水の等密度面混合プロセス (同じ密度の水が「水平的に」混ざる過程) によって形成される。また、クリル海峡における海嶺域における潮流と海底地形の相互作用によって生じる内部波の砕波によって引き起こされる密度間混合 (異なる密度の水が「鉛直的に」混ざる過程) も、分厚い層厚構造の形成に関わっていると考えられている。

OSIWの一部は、主に冬季にオホーツク海から北太平洋に流出し、北太平洋中層水(NPIW)を形成する主要な水塊のエンドメンバーとなる。近年、OSIWは温暖化傾向を示しており(図2)、その原因として、気温上昇による海氷生産の低下によってオホーツク海における高密度陸棚水の形成量が減少していることが示唆されている。

オホーツク海中層水断面図

図1:148Eにおけるオホーツク海における等密度面層厚の鉛直断面図

オホーツク海中層水時系列

図2:オホーツク海中層水 (密度1026.8 kg/m3) の年平均水温の時系列

(北海道大学 中野渡 拓也,上原 裕樹)

高密度陸棚水(DSW)

オホーツク海の北西陸棚域における密度が1026.8から1027.0 kg/m3の低温・高塩の水塊。オホーツク海では、冬季に大気の海面冷却によって、海氷が生産される(図1a)。それに伴い、海水中には大量の高塩水(ブライン)が排出される(逆に、海面には淡水の氷が残る)。海水は結氷温度以下にはならないので、水温の低下に伴う密度の増加は起こらないが、塩分は高くなることができる。DSWは中層にまで達することによって、中層の子午面循環の駆動源にもなる。

DSWは冬季に形成後、東樺太海流によって南方に輸送され、オホーツク海中層水を形成する(図1b)。DSWの形成量は、およそ0.2–0.6Sv (1 Sv = 毎秒106 m3 = およそ毎秒百万トン) と他の海域の中層水に比べて少ないが、オホーツク海沿岸に多量に存在する鉄(植物プランクトンの基礎生産に必須の微量金属元素)を外洋に輸送する担い手として注目されている。

高密度陸棚水

図1:(a) オホーツク海の2-3月の平均海氷密接度(等値線)と年間の海氷生産量(カラー)。(b)オホーツク海の26.8シグマ面におけるポテンシャル水温の気候値。

(北海道大学 中野渡 拓也,上原 裕樹)

東樺太海流、東サハリン海流 (ESC)

オホーツク海の風成循環の西岸境界流。年平均流量は、6–7Svで冬季に増加し、夏季に減少する。ESCは沿岸域の水深が浅い場所と沖合の水深が深い場所にそれぞれ流速の極大を持つ。深い場所の流れは、第一次近似的に海盆上の風応力 (海上を吹く風が海面を擦る力) の回転成分で決まるスベルドラップバランスによって説明され、浅い場所の流れは沿岸に沿った風で駆動される沿岸補足流によって説明される。

ESCはオホーツク海の北西陸棚域で形成されるDSWを南部に輸送する働きがある。

(北海道大学 中野渡 拓也,上原 裕樹)

東カムチャッカ海流(EKC)

北太平洋亜寒帯循環のクリル海峡よりも北部の西岸境界流。年平均流量は数10Svと数値モデルや海面高度計データから推算されている。EKCはオホーツク海に比べて高塩かつ高温の水塊の性質を持つ。EKCの一部はオホーツク海のクリル海峡から流入し、オホーツク海中層水の変質や、冬季におけるオホーツク海の海氷域の広がり具合を抑える働きがあることが知られている。

EKCの季節から経年変動は、北太平洋亜寒帯域の風応力によって決定されるスベルドラップバランスや、沿岸に沿った風応力によって励起される沿岸補足流によって説明されることが指摘されている。

(北海道大学 中野渡 拓也,上原 裕樹)

北太平洋中層水(NPIW)

北太平洋亜熱帯の300-800m(1026.7-1026.9 kg/m3の密度帯)に存在する低温、低塩、そして高酸素の水塊(図1)。NPIWは亜寒帯水と亜熱帯水の等密度面混合や、OSIWが混合水域(親潮フロントと黒潮続流の間の海域)を経由して、亜熱帯に輸送されることによって形成される。NPIWのヴェンチレーション (大気中の成分 (酸素・フロンなど) は海面で溶け込み、海水は新鮮な「空気」を取り込む。その後、新しい「空気」は海流に乗ってより深い層 (深度) へ運ばれる。この作用を「通気」「ヴェンチレーション」と呼ぶ) の起源は、オホーツク海やアラスカ湾などであり、形成域から離れていることが、他の中層水と異なる特徴である。

NPIWは1970年以降、低塩化しており、温暖化に伴う水循環の強化による海面の低塩化が原因であることが指摘されているが、その原因についてはまだ不明な点が多い(図2)。

北太平洋中層水

図1:太平洋における26.8シグマ面における(a)ポテンシャル水温、(b)塩分、そして(c) 溶存酸素の気候値。

北太平洋中層水

図2:26.8シグマ面におけるポテンシャル水温の1977-2004年と1955-1976年の平均値の差。

(北海道大学 中野渡 拓也,上原 裕樹)
Copyright ©2010 気候系のhot spot:熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動