気候系のhot spot:熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動 - 文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究 平成22年度~26年度

黒潮続流循環系の形成・変動のメカニズムと大気・海洋生態系への影響

研究成果:黒潮大蛇行の謎に迫る

図1: 2004年夏に生じた大蛇行の発生過程。4月から8月にかけての水位の分布を示します。水位が高い部分を右手に見るように海流は流れます。4月に九州沖で低水位を伴った蛇行が後に大蛇行へと発達する小蛇行です。小蛇行の南には、高水位を伴う渦が見られ、この「渦のペア」が強まりながら、大蛇行へと発達する様子が見られます。また、大蛇行の発生前から伊豆諸島付近では、黒潮が三宅島付近に位置していることが分かります。

日本の南を流れる黒潮には、大きく分けて2種類の安定した流路パターンがあることが知られています(これを流路の多重性と言います)。ひとつは、東海沖で大きく南方へ迂回する「大蛇行流路」、もう一方は本州南岸にほぼ沿って流れる「非大蛇行流路」と呼ばれるもので(図1)、共に1年から数年程度の持続性があります。このような流路の多重性、特に大蛇行流路の存在は、北大西洋の湾流等、他の海流には見られない黒潮独自の特徴であり、これまで大蛇行の発生のしくみは大きな謎でありました。


しかし、近年の海洋観測網の充実や海洋シミュレーションの高精度化により、徐々に黒潮大蛇行の発生のしくみについて理解が進んできました。通常、大蛇行が発生するときは、その前兆となる小さな蛇行(小蛇行)が九州南東沖で発生し、小蛇行が数か月かけて発達しながら東進し、東海沖に大蛇行が形成されます。人工衛星による観測から、この小蛇行は、九州の遥か東から西に移動してきた直径数100kmの渦(反時計回りの渦が寄与することが多い)が九州沖の黒潮に衝突することにより発生することが分かってきました。


図2: 小蛇行発生過程の模式図。東から移動してきた反時計回りの渦(C2・C1)が黒潮に衝突することにより、初期の蛇行が形成されます。これに上流域からの寄与が加わると、蛇行はさらに発達します。また、上流域からの別の寄与として、小蛇行の南側に黒潮により運ばれてきた暖かい水が蓄積することにより、時計回りの循環が強化され、結果として「渦のペア」が形成されます。

しかし、小蛇行は必ずしもその後大蛇行になるわけではなく、実はそのほとんどはその後発達せずに消滅するか、発達したとしても東海沖で一時的な蛇行を作るにすぎません。では、大蛇行が形成されるときの小蛇行は、他の場合となにが違うのか? 2004年に発生した大蛇行のケースや、数値シミュレーションで再現された大蛇行について詳しく調べると、大蛇行に発達するような小蛇行は、東からの渦の寄与だけでなく、黒潮の上流域からの寄与もあることが分かりました。この上流域とは具体的には、台湾沖までさかのぼることができ、台湾の東でやはり東から移動してきた強い時計回りの渦が黒潮に衝突することにより生じた黒潮流路の乱れが、九州沖の小蛇行の発達に寄与することが分かりました。さらに、この台湾沖の渦の影響を詳しく調べると、時計回りの渦の内部に含まれる周囲よりも暖かい水が、黒潮を通じて九州沖まで運ばれ小蛇行の南側に発達した時計回りの循環を作ることが分かりました(図2)。その結果、九州沖では小蛇行とその南側の時計回りの渦が形成されます。小蛇行の内側(陸側)では、反時計回りの循環が作られますので、時計回りと反時計回りの「渦のペア」が作られたことになります。その後の小蛇行から大蛇行への発達過程について詳しく調べると、この「渦のペア」がお互いの渦を強め合うことにより、大蛇行が形成されることが分かりました(詳しくは傾圧不安定と言います)。


図3: 大蛇行の継続期間(横軸)と大蛇行期間の平均の黒潮流量(縦軸)の関係。流量が小さい時ほど大蛇行が長期間持続する、という関係が見てとれます。

大蛇行がどのようにして安定に維持されるのか、どのようにして消滅するのかについても明らかになりつつあります。大蛇行流路が停滞しているときの運動のバランスを調べると、黒潮の流れ自体により蛇行を東に移動させようとする作用と、蛇行が波として西に進もうとする作用が釣り合うことにより大蛇行が長期間維持されることが分かりました。一方、大蛇行が消滅するときは、蛇行が徐々に東に移動し伊豆諸島のあたりまで来ると、南北に連なる海底山脈(伊豆海嶺)の影響を受けて蛇行が弱まり、やがて消滅に至ることが分かりました。このことは、黒潮が強くなると蛇行が東に流れやすくなり大蛇行が維持されにくい、ということを示唆します。この考えに基づき、過去に生じた大蛇行の継続期間とその期間の平均の黒潮の強さ(流量)を風のデータから見積もると(黒潮の流れは北太平洋全体の風が駆動するので、風から大まかな流量を知ることができます)、流量が小さいときほど大蛇行が長期間安定に維持されるという明瞭な関係があることが分かりました(図3)。


図4: 日本南岸の黒潮流軸緯度の長期変化。東海地方の沖合で黒潮が最も南に位置している場所の緯度の時系列を示しています。上の図は気象庁により観測された現実の変動、下の図は海洋シミュレーションにより得られた結果を示しています。シミュレーションの結果は、黒潮流路の形を4つのタイプに分類して表示しており、赤丸(LM)が大蛇行型の流路であることを表しています。また、両図とも現実に大蛇行が生じていた期間を灰色で示しています。シミュレーションは、現実を完全には再現していませんが、1950~60年頃と1970年代後半に生じた大蛇行を再現していることが分かります。シミュレーションでこのように現実と同じタイミングで大蛇行が再現されたのはこの研究が初めてです。

このように、ひとたび生じた大蛇行がどの位の期間維持されるかについては、北太平洋の風の場で決まる黒潮の流量に強く依存していると言えそうです。では、大蛇行の発生のしやすさも大きなスケールの風の場と関係があるのでしょうか?上で述べたように、大蛇行が生じるしくみは、直接的には直径数100km程度の渦の作用により生じた小蛇行がきっかけであることを考えると、渦が「たまたま」九州沖や台湾沖に到達したことにより大蛇行が発生した、と見ることもできます。しかし、2004年の大蛇行のきっかけを作った渦の起源を時間をさかのぼって調べると、九州沖に到達する数年前に生じた北太平洋中央部の風の変動と関係していることが示唆されました。また、過去の大蛇行と非大蛇行流路の履歴を見ると周期性があるように見えます(図4)。例えば、1970年代後半から1980年代にかけては、大蛇行が頻繁に発生していましたが、その前後の10年程度は逆に非大蛇行期となっており、過去の研究からは約20年の周期性があることが指摘されています。上述の「たまたま」が起こりやすい時期と起こりにくい時期がある、と解釈することができるのかもしれません。このような長周期変動の存在も、大蛇行の発生に大きなスケールのゆっくりとした変動が関与していることを示唆していると言えそうです。


この黒潮流路の長期的な振舞いを説明するために、観測データと海洋シミュレーションを統合して得られた長期間の海洋データセット(再解析データと呼びます)を用いて、大蛇行の発生に深く関わりがあると考えられる要因を指標化し、大蛇行の発生のしやすさを診断することを試みました。これまでに述べたように、大蛇行が生じるためには、そのきっかけとなる九州沖の小蛇行とその後の発達に重要な「渦のペア」が作られなくてはいけません。 そのためには、九州沖と台湾沖に顕著なシグナルを伴った渦が到達することが好条件となります。さらに、大蛇行の発生条件として、下流側の黒潮(房総半島の辺りで岸から離れた後の東に向かう流れで「黒潮続流」と呼びます)の状態も重要であることを指摘しました。大蛇行は、単に黒潮の蛇行の振幅が大きくなれば良いというものではなく、蛇行が安定的に維持されるためには、蛇行が九州から伊豆海嶺までの間に収まらなくてはなりません。そのためには、大蛇行の発生に先立って、伊豆海嶺上において黒潮が三宅島の辺りにある水路(黒潮が伊豆海嶺を通過する際は、三宅島あたりの水路、または遥か南の八丈島南方の水深の深い部分のどちらかに限定されます)に予め位置していなければならず、この条件が満たされるか否かは下流側の黒潮続流によって決まることを見出しました。黒潮続流では、流路が安定する時期と不安定化する時期が10年程度の時間スケールで交互に出現することが知られていますが、安定期には伊豆海嶺上で黒潮が三宅島付近の水路に固定され、大蛇行の発生に好都合な条件を作り出すことが分かりました。

図5: (上)大蛇行の発生に深く関わっていると考えられる3つの要因。背景の陰影は、水位変動の大きさの空間分布(単位:cm)で、直径数100kmの渦の活動度と見ることができます。(下)3つの要因を元に作成した大蛇行の生じやすさの時系列図(値が大きいほど大蛇行が生じやすいことを表します)。灰色は現実に大蛇行が生じていた期間を表します。見積もられた時系列は、大蛇行期・非大蛇行期の長期変動と良く対応しており、上の3つの要因が実際に大蛇行の発生と深く関わっているっていることを支持する結果といえます。


以上の、九州沖台湾沖、および黒潮続流に着目した3つの要因をもとに、大蛇行の生じやすさを表す指標の時系列を作ると、過去に生じた大蛇行がこれらの要因で概ね説明できることが分かりました(図5)。近年の研究では、黒潮続流や台湾東方における時間スケールの長いゆっくりとした海洋変動は、北太平洋の気候変動に伴う風の変化と密接に関係していることが指摘されています。これらのことを踏まえると、黒潮大蛇行は北太平洋全体からみると、日本の南の非常に限られた範囲での現象でありますが、北太平洋全体の気候変動のある種の指標となっているのかもしれません。


この研究について、より詳しくは以下の論文をご覧ください。

  • Tsujino, H., S. Nishikawa, K. Sakamoto, N. Usui, H. Nakano, G. Yamanaka (2013) : Effects of large-scale wind on the Kuroshio path south of Japan in a 60-year historical OGCM simulation. Climate Dynamics, 40, 10.1007/s00382-012-1641-4.
  • Usui, N., H. Tsujino, H. Nakano, Y. Fujii, and M. Kamachi (2011): Decay mechanism of the 2004/05 Kuroshio large meander. J. Geophys. Res., 116, C10010, doi:10.1029/2011JC007009.
  • Usui, N., H. Tsujino, H. Nakano, and S. Matsumoto (2013): Long-term variability of the Kuroshio path south of Japan. J. Oceanogr., 69 (6), 647-670.

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