気候系のhot spot:熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動 - 文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究 平成22年度~26年度

黒潮続流循環系の形成・変動のメカニズムと大気・海洋生態系への影響

研究成果:海洋下層への「熱浸透」が夏季の強い日射による海面水温上昇を緩和する

冬が明け春から夏になると、中緯度海洋では、強い日射によって過熱され海面付近に水温の高い軽い水が出来ます。これにより、海中十数メートル~数十メートルの深さに、冬季に形成された冷たい海水と日射で温められた海水との間に非常に大きな温度差が生じ、上層の浅い混合層と下層がはっきりと分かれます。この分かれめを「季節躍層」と呼んでいます。これまでは、この季節躍層によって海にフタがされたような状態になるため、その層を挟んで熱や物質の交換が行われにくくなり、春から夏の時期には、熱や物質交換は上層の浅い混合層の中だけで行われていると考えられていました。したがって、大気のシミュレーションを行う際にも、海については海面水温のみ或いは数十メートルの板状の浅い混合層だけを考慮すればよいと考えられがちでした。

本研究では、春から夏の強い日射に伴う加熱が海洋表層へ及ぼす影響を調べるために、10年以上蓄積された高精度の観測データ「Argoデータ」に基づく月平均格子化水温・塩分データセットを作成し、解析しました。海洋表層の水温季節変化を詳しく調べた結果、北太平洋の大部分の海域で春から夏にかけて季節躍層が発達した状態であっても、季節躍層より下層でも水温が上がることが分かり(図1左)、水温が最高になる時期も、海面での8月~9月から下層に行くにつれ遅くなり、100m以深では年始以降に最高水温になることが分かりました(図1右)。いわば、このような海中では、夏は年末年始にやってくる、と言えるかもしれません。

図1:(左)10年間のArgoフロートデータを用いた、北太平洋中部(北緯25-30度、東経165‐西経175度の海域平均)の月平均水温変動(℃)と各層の最高水温の月(灰色●印)。(右)同海域の海面水温(赤)、50dbar水温(緑)、80dbar水温(青)、120dbar水温(紫)の月変化。図左端の4月以降、浅い混合層(灰色点線)より下層でも水温上昇がみられる。また、海面付近では水温が上昇し8月に最高水温に達するが、下層では上昇が徐々に遅れ、100dbar以深では年明けに最大水温に達する。なお、水深はおおよそdbar=mとなる。

この現象を更に詳しく見るため、春から夏にかけての日射の加熱の効果がどんな深さにまで及ぶのか、衛星観測データに基づく月平均の正味熱フラックスと水温上昇率から見積もりました(図2右)。晩冬季の最も冷たく重い海面水温を基準にして、その後表層に蓄えられた熱の増加量と加熱の効果から「熱浸透深度」を算出します。この深度は、晩冬季には海面と一致し、その時期以降徐々に下層へ移動しますが、熱浸透深度は加熱によって生じた浅い混合層深度や季節躍層より明らかに深くなっていました(図2左)。すなわち、春から夏の強い日射の影響が、季節躍層を突き抜けて下層に浸透していることになります。これは、従来考えられていたように、春夏季の大気海洋間の熱交換は浅い混合層だけを考慮すればよい、のではなく、下層への熱の浸透を考えなければならないことにほかなりません。

なお、この熱浸透のメカニズムは、過去の研究から、大気擾乱によって発生する内部波が影響していると推定されますが、さらに詳細な分析が必要であり、今後の研究を待ちたいところです。

図2:(左)同海域の熱浸透深度(橙)と混合層深度(青点線)の月変化。春から夏にかけて季節躍層の発達に伴い、混合層深度が10dbar(≒10m)程度に浅くなる一方、熱浸透深度は混合層深度より下層にあり、徐々に深くなっている。(右)海面から熱浸透深度までで見積もった貯熱量変化(黒)と海面加熱に相当する正味の熱フラックス(赤)。両者ほぼ同程度であり、大気からの加熱の効果が、混合層より下層の熱浸透深度まで及び、熱を蓄えていることを示す。

さて、この熱の浸透深度は、海流や拡散などの影響が小さい、北太平洋中緯度の広い海域で定義することができて、夏季には数十メートルから百数十メートルにまで達します(図3左)。これは、同時期の混合層深度の数倍程度に相当します。この状態から、北太平洋の亜熱帯・亜寒帯域において、春から夏にかけて強い日射によって海に入った熱の行き先を見積もったところ、季節躍層より下層に約3分の2もの熱が貯まっていることがわかりました。つまり、季節躍層より下層の海洋は、日射による加熱の大きなリザーバーであるといえます。

図3:(左)6月の北太平洋における熱浸透深度分布(dbar)。海流や拡散の効果が大きいために定義が困難な海域を灰色で示しているが、北太平洋中央部を中心に、60~120dbar程度の深度になっている。(右)同月の、日射(正味の海面熱フラックス)による過熱効果が混合層内だけで蓄えられる場合の海面水温変化率(カラー:℃/月)。亜熱帯域で現実の海面水温上昇率(コンター:℃/月)が1~3℃/月であるのに対し、5~9℃/月に相当し、現実と比べて約2~3倍の水温上昇率になる。

もし、従来の考え方のように、春から夏の日射による加熱の影響が浅い混合層内に限定されたらどのようなことが起こるでしょうか?もちろん、大気海洋間の熱交換は相互に作用しあっているので、現実と異なるこの状態では海面加熱の量も変化します。ですが、仮に加熱量が変わらないと仮定した場合、春から夏にかけての海面水温の変化量は大きいところで10℃/月を超えます。これは、実海域での海面水温上昇(2℃/月)の5倍程度に相当し、混合層だけで加熱の効果を受け止めた場合、春から夏に海面水温が急激に上昇する可能性があることがわかります(図3右)。すなわち、季節躍層を超えて下層に及ぶ熱浸透のメカニズムが、海面水温の急激な上昇を抑え、現在の穏やかな海面水温変化を実現しているのです。

この研究の詳細は以下の論文をご覧ください:Hosoda, S., M.Nonaka, T.Tomita, B.Taguchi, H.Tomita, and N.Iwasaka (2015), Impact of downward heat penetration below the shallow seasonal thermocline on the sea surface temperature, J. Oceanogr, in press.


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