気候系のhot spot:熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動 - 文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究 平成22年度~26年度

大気海洋間の運動量交換過程に対する波浪とエネルギー散逸の影響に関する研究

A02-K6. 大気海洋間の運動量交換過程に対する波浪とエネルギー散逸の影響に関する研究
代表 根田 昌典*(京都大学・助教)

[学位取得:*海洋学]

本研究は、外洋域での海面熱・運動量交換量の直接観測、非等方的なうねりや風波の観測、海洋中の運動エネルギー散逸量の観測を同時に実施するという世界的にもほとんど例のない観測を実施する。その目的は、海面における運動量交換過程における風波とうねりの影響と、その海洋混合層へのエネルギー注入量への影響の評価を行うことである。
これまで行われた外洋における観測結果からは、大気と海洋の乱流による熱や運動量の輸送による境界層変動への影響の定量的な評価はほとんど成功していないのが現状と言える。その理由として、大気境界層の観測と海洋混合層の観測は、ほとんどの場合それぞれ独立に実施されてきたという問題がある。これに加えて、海面における乱流エネルギー交換が大気海洋境界層変動に与える影響を定量的に評価するためには、波浪の影響を考慮すること、言い換えれば、大気の海面に対する相対的な速度(非等方性)という海上固有の条件を考慮することが非常に重要である。本研究で実施する以下の波浪観測、乱流フラックスの観測、海洋混合層内部の散逸率の直接観測の同時観測によって得られる資料は、海洋と大気それぞれの混合層の変動過程を結びつける情報となりうる。黒潮続流海域の中緯度気候に果たす役割、特にモンスーンシステムなど日本の気候に密接にかかわる現象の解明に向けて、最も基礎的な物理プロセスの知見となる。これらの問題意識のもと、計画班や他の領域班と情報交換を行いながら、以下の大気海洋間エネルギー交換過程の観測研究を推進する。

  1. (i)   大気下層の乱流フラックスの直接観測および海洋混合層乱流エネルギー観測の実施
    平成23年度に実施される予定の三重大学練習船勢水丸航海において日本東方海域の乱流フラックスの直接観測を実施する。同時に波浪観測、海洋乱流観測を行う。この観測結果を解析して、従来評価されてきた間接的評価手法(バルク法)の有効性・信頼性を検証する。観測の実施において連携研究者の轡田教授と協力体制を組む。
  2. (ii)  海洋乱流観測の実施
    Microstructure Profiler(MSP)や最近開発されたXCPシステムを用いて、海洋中の流速シアプロファイルを観測し、そのデータから海洋中の乱流運動エネルギー散逸率を算出する。海面乱流フラックスのデータを用いて、海上風から海洋混合層中に輸送される乱流エネルギーとそのプロファイルを定量的に評価する研究に着手する。
  3. (iii) 波浪観測の実施およびデータ解析 
    GPS式波浪計測ブイを用いて海面乱流フラックス、海洋表層の乱流強度との同時観測データを取得する。得られたデータに対してピーク周波数等の波浪を代表するパラメーターで処理・解析を行ない、風波及びうねりのデータを収集する。このデータに基づいて海面波の大気と海洋の乱流構造への寄与を評価し、大気海洋間の熱や運動量の交換過程を、海洋固有の境界条件である波の影響という観点から調査する。波浪スペクトルの計算に関しては連携研究者の鈴木博士と協力する。
  4. (iv)  既存の海面乱流フラックスデータの整備と解析
    勢水丸の航海と同時期の衛星観測によって得られた海面フラックスを統合することによって、衛星による海面熱・運動量交換検証のためのデータセットの構築作業に着手する。

解析結果

  1. (i)   予備的な観測とこれまでに取得したデータから、まず海面フラックスの直接観測手法の改善を行った。海洋研究開発機構研究船淡青丸の2009年度第21次観測航海(10月)において黒潮続流北海域において実施した海上風などの高解像度(10Hz)精密観測データに基づいて、船舶上における渦相関法を用いた乱流フラックス直接観測の手法について再検討した。特に、船体の影響で接地境界層が屈折する影響の修正方法を再検討し、運動量フラックスは平均で60%程度の精度改善が期待できることが分かった。この結果からバルクスキーム(COARE 3.0)を検証した結果、バルクスキームによる運動量フラックスは過小評価気味であり、両者の関係から線形回帰によって補正することができるめどが立つ(図3)。この結果を用いれば、常時観測している海上気象要素から乱流フラックスを得ることが期待できる。
  2. (ii)   図4はKT0921において実施された定点(38°N, 146.5°E)観測期間中の海面の散逸率と運動量・熱フラックスの時間変化を示す。観測前半の温暖で熱フラックスが小さい状態から、観測後半の急速に寒冷化し熱フラックスが大きい状態に変化した。この時、海面の密度一様層は、塩分による成層がある状態から、鉛直一様な状態へ急速に移行した。海洋上層の散逸率の分布の時間変化をみると、前半では散逸率の大きな領域(10-8W kg-1以上)をMixing Layerと考えるべきであり、その深さは20m深程度にとどまる。一方、図中白線で示した伝統的な密度プロファイルによって定義した混合層(Mixed Layer)との間に差があるが、海上風速の上昇と海面冷却が強くなることに伴って、急速に深化し密度躍層に達した。この結果は2009年1-2月の水産庁所属の照洋丸の航海中に観測された事実と合致している。混合という観点に立てば、Mixed layerとMixing layerの違いは、大気と海洋間のエネルギーフィードバック過程に影響する可能性が高いとともに、このような総観規模擾乱に伴う断続的な乱流混合が徐々に密度躍層の強さを変化させていく可能性もあると予想される。観測前半の温暖で熱フラックスが小さい状態から、観測後半の急速に寒冷化し熱フラックスが大きい状態に変化したことに対応して、海面の密度一様層は、塩分による成層がある状態から、鉛直一様な状態へ急速に移行した(図4)。Mixed Layerの変化は従来から季節的には大きく変動するものの、短期的な変動についての観測的知見は不足していたが、このようなMixed Layer内の乱流状態が、総観規模擾乱に対応して変化していることから、大気と直接的に活発にエネルギーのやり取りがされていると考えられてきたMixed Layerとその深さの季節的な変動にMixing Layerの数日スケールの変動過程が強く影響していることが示唆される。

図1:


図2: 研究推進体制


図3: 渦相関法による海面乱流フラックスによって検証したバルク法で得られた乱流フラックスの関係図


図4:(左上)KT0921観測時の運動量フラックス、乱流熱フラックスと長波放射フラックスの和の時系列、(左下)同期間の散逸率の鉛直構造の時間変化。白線は表面からポテンシャル密度が0.1kg m-3となる深さで定義した混合層深さを示す。(右上)観測前半の温暖期のポテンシャル温度と(右下)観測後半のポテンシャル温度の鉛直分布を示す。赤丸は散逸率が10-8W kg-1以上である領域として定義したMixing layerの深さを示す。


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