海と陸の大気最下層への影響

キーワード 「大気境界層」

気温の鉛直分布をみると、地表から高度約10km程度の領域では、上空に行くほど気温が減少してくような分布をしていますが、10kmから50kmの領域では、逆に気温は上空に行くほど上昇していきます。前者の領域を対流圏、後者の領域を成層圏と呼んでいます(キーワード「成層圏」参照)。
私たちの日々の生活の中で身近に感じられるような気象現象には対流圏内の大気の状態が深く関わっていますが、対流圏の中でも、地表から高度約1km程度の領域は大気境界層と呼ばれ、摩擦や熱交換を通じて地表面と特に活発に影響を及ぼし合っている領域として知られています。
世界の大陸の東海岸では、海岸線に沿うようにして赤道域から非常に水温の高い海流が流れており、これらの海流は暖流と呼ばれています(キーワード「黒潮」参照)。暖流は海上の空気を温める働きをしていますが、その影響は海面近くの空気だけでなく、大気境界層全域にまで及び、大気の循環や大気境界層上端での雲の形成に様々な影響を与えていることが近年の研究で指摘されています。
このような理由から、これらの海域は「気候系のhotspot」と呼ばれ、近年非常に注目を集めています。

キーワード 「気圧極小」

気圧はその上に乗っている大気の重さを反映したものであるため、大気が加熱されると気柱が膨張し、上空で空気の散逸が起きるため、気圧が減少します。
冬季によく形成される西高東低の気圧配置に伴い、日本周辺は北風が持続的に吹いており、北から冷たい空気を運んできます。この冷たい空気が黒潮(キーワード「黒潮」参照)上まで到達すると、暖かい黒潮が大気を加熱するように働き、大気境界層(前述)を暖めます。黒潮が大気境界層を暖めることにより、黒潮に沿うようにして東西に延びる小さな低気圧(下図の緑破線)が形成されることや、中層雲の形成が促されるということが明らかにされており、我々の研究テーマのひとつとなっています。

1月の海面気圧(等値線)と海面から大気に渡される熱量(乱流熱放出)(背景色)の平均的な分布。局所的に乱流熱放出が強化されている帯に沿うようにして、海面気圧が極小を形成していることがわかる(緑破線)。

キーワード 「亜熱帯高気圧と下層雲」

亜熱帯高気圧は大陸の西岸に乾燥した気候をもたらし、砂漠を形成するなど、亜熱帯の気候を形成するのに重要な役割を担っています。亜熱帯高気圧が平年より強いときにはアメリカ大陸西岸で干ばつが起きやすいなど、大きな被害をもたらしますが、夏季における亜熱帯高気圧の形成・強化に海面と陸面の大きな気温差に伴う複雑な物理過程がかかわっている可能性が指摘されています。

日射による加熱を受けた際に、陸面はすぐに暖かくなるのに対し、海面の温度は変化しにくいという性質があります。この性質のため、夏季には陸上は気温が高くなるため気柱が膨張し、低気圧が形成されます。一方で、陸に比べて冷たい海洋上では高気圧が形成され、西海岸において北風が吹くという特徴があります。
この北風は、大陸の西海岸で「沿岸湧昇」と呼ばれる現象を引き起こし、下から冷たい海水を海面まで引き上げます。そのため、夏季の大陸西岸の海面水温は非常に冷たくなります。
海面水温が低い海域では、下層雲がより多くなるということが様々な研究から明らかにされていますが、そのようにして増加した下層雲は太陽光を遮るうえに放射冷却を引き起こすことで下層大気を冷やし、亜熱帯高気圧をより強化するように働きます。

このように、海面と陸面の大きな温度差が複雑な大気海洋の相互作用を通じて亜熱帯高気圧の形成・強化に影響を及ぼしています。近年の地球温暖化の影響により、海面と陸面の温度差が大きくなり、亜熱帯高気圧がより強化される可能性が指摘されています。冒頭でも述べたように、亜熱帯高気圧の強化は干ばつを引き起こす重要な要因になっているため、亜熱帯高気圧が地球温暖化の影響を受けてどのように変動するかを予想することは重要な研究対象となっています。

海面と陸面の温度差が亜熱帯高気圧を強化することを説明する模式図。

陸面は海面に比べて温まりやすいため、夏の強い日射を受けると温度が大きく上昇します。暖かい陸面上では空気の密度が小さくなるため、陸面上で低気圧、海面上で高気圧が形成され、北風をもたらされます。北風に伴う「沿岸湧昇」は海岸付近の海面を冷たくするため、下層雲の形成が促されます。下層雲は日射を遮って海上の気温をより下げる効果があるため、亜熱帯高気圧の強化につながります。