気候系のhot spot:熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動 - 文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究 平成22年度~26年度

太平洋十年変動ワーキンググループ

研究成果:日本東岸沖の海と大気は10年で変わる 〜その原因は黒潮続流にあり!?〜

黒潮と親潮がせめぎあう黒潮親潮混合水域(以下、混合水域と呼びます)では、冬の間に膨大な熱が海から大気に向け放出されています(図1参照)。その値、実に、1000 W/m2 を超えることもあり、世界最大規模の熱が放出されています。また、面白いことに、この混合水域での熱放出量は、毎年同じ値をとるわけではなく、10年程度の長い時間スケールで変動しています(図1中右下時系列参照)。例えば、2000年頃は冬季平均で500 W/m2もの熱が放出されていますが、その数年後(2004年頃)には300 W/m2程度にまで小さくなっていることがわかります。


図1: 1998年12月1日から1999年2月28日にかけて平均した海面乱流熱フラックス(潜熱フラックスと顕熱フラックスの和)の分布図を表します。単位は W m-2で、正の値は海洋から大気に熱が供給されていることを意味しています。図中右下の時系列は、黒潮親潮混合水域(図中黄色枠)の冬季平均海面乱流熱フラックス(前年の12月1日から該当年の2月末日までの平均値)を表しています。2つの図は、ウッズホール海洋研究所(米国)から提供されたデータをもとに作成されています。

さて、この熱放出量はどのように決まるのでしょうか。2000年以前の考えでは、日本周辺での冬季の熱放出量は、冷たく乾いた北西季節風によるとされていました。すなわち、強風が海から熱を奪い、その結果、海が冷えると考えられていたのです。ただ、この海と大気の関係は、船舶観測をもとに得られたものでした。さて、現在(2015年2月執筆時)では、人工衛星観測網の充実により、リアルタイムで海面の微細構造を把握することができます。そこで、この衛星観測データを活用し、混合水域での海と大気の関係を改めて検証した結果、混合水域の熱放出量は、海上風ではなく、海面水温により決まることがわかりました。すなわち、混合水域が暖かいときほど大量の熱が大気に放出されていたのです。この大気と海の関係は従来の考えとは大きく異なるもので、海が大気に影響する可能性を示す発見でした。

さて、混合水域の温度を変える要因は何なのでしょうか?その答えに迫るために、図2をご覧ください。この図は、1999年1月20日の海面での流れを表しています。まず、この図で、北緯35度付近に強い東向きの流れが見て取れます(緑矢印)。これが黒潮続流です。そして、この黒潮続流の北側に、複数個の時計回りの循環流、すなわち、高気圧性「渦」が存在しています(赤丸)。ちなみにですが、これら渦のいずれもが南の黒潮続流から千切れたものでした。さて、この渦、その直径は200 km程度、厚さは500 m以上と実に巨大です。そして、この渦内の水温は、渦外に比べ暖かく、時には2℃以上暖かいこともあります。つまり、この「暖水渦」こそが混合水域の温度を変える要因であり、直上大気への熱の放出現としての役割を果たすことがわかりました。


図2: 1999年1月20日の海面での流れを表しています。ここでは、作図上、流速が40 cm s-1以上の強い流れのみを示しています。この海流データは、フランスの研究機関(AVISO)から提供されています。

最新の研究成果によりますと、この暖水渦の形成源である黒潮続流は約10年周期でその流路の形状を変えています。すなわち、黒潮続流は、5年毎に、渦巻いた不安定な流路と、そうではない流路(時間的に安定した流路)を繰り返しています。つまり、混合水域での熱放出量の「10年周期変動」は、混合水域の南縁に位置する黒潮続流流路の「10年周期変動」によってもたらされるといえるでしょう。

さて、少し話題は変わりますが、混合水域の北縁(北緯40度から42度近辺)に海面水温の急峻な変化で特徴づけられる前線(亜寒帯海面水温前線)が存在します(図1中橙線)。この海面水温前線は、水平100 kmで5度以上海面水温が変化することもあり、世界最大規模の強さ(水温勾配)をもつ前線として注目を集めています。そして、この海面水温前線は、「約10年周期」でその強度が変化しています。また、興味深いことに、この水温前線強度の10年周期変動は、前線の南方の混合水域の海面水温により作られているという発表がなされました。つまり、混合水域が暖まることで、その北縁の水温前線が強化されるということです。

上のトピックを一つのストーリー仕立てでまとめてみます。
北緯35度近辺を流れる黒潮続流は10年周期でその流路の形状を変えており、これが不安定で渦巻いた流路をとる時に、黒潮続流から切離される形で暖水渦(直径200 km程)が形成されます。そして、この暖水渦が、混合水域を暖め、大気への熱放出源としての役割を果たしているのです。さらに、この混合水域が暖まることで、その北縁(北緯40度から42度)に位置する海面水温前線(亜寒帯海面水温前線)の強化がもたらされています。

日本東岸沖の大気・海洋場で観察される10年周期変動は、どうやら黒潮続流によってもたらされているようです。そこで、今後は、黒潮続流にまつわる多くの「謎(なぜ流路が変わるのか?等々)」を解明することが重要です。この黒潮続流研究に関する最新の研究成果を把握されたい方は、是非、碓井博士佐々木博士野中博士の解説を、そして水温前線(亜寒帯海面水温前線)が大気大循環場に果たす影響については田口博士の解説をご覧になってください。小さな流れが作る大きな世界を堪能していただければと思います。


専門家の皆様へ:本研究についての詳細は以下の論文をご覧下さい。

Sugimoto, S., 2014: Influence of SST anomalies on winter turbulent heat fluxes in the eastern Kuroshio-Oyashio Confluence region. J. Climate, 27, 9349–9358. doi: http://dx.doi.org/10.1175/JCLI-D-14-00195.1

Sugimoto, S., N. Kobayashi, and K. Hanawa, 2014: Quasi-decadal variation in intensity of the western part of the winter subarctic SST front in the western North Pacific: The influence of Kuroshio Extension path state. J. Phys. Oceanogr., 44, 2753-2762. doi: http://dx.doi.org/10.1175/JPO-D-13-0265.1


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